ヨットセーリング中に思う!人生は風が強くないと上には行けない

写真は、大阪と神戸の中間にあたる芦屋市にある芦屋・県立海洋体育館(僕らは芦屋マリーナと呼ぶ)で仲間にディンギーヨットの愉しみを伝えているシーンである。

伝説の日とは自分が創り出すものであり、他人に創ってもらうものではない。人生のここぞって時の踏ん張りが効くのは仲間のためだから。そんな仲間のために頑張る、世界を冒険するマーケター山下裕司です。

仲間のために踏ん張れる人生を!!

芦屋でディンギーヨットに乗る

兵庫県芦屋市にある芦屋マリーナで、仲間とディンギーヨットの練習会を行ってきた。世界の海峡を横断するための練習である。正確な場所は、芦屋・県立海洋体育館であるが、ここでは、社会人・大学生・高校生のカナディアンカヌー・ドラゴンボート・カヤックなどの練習も行われていて、とても活気があるヨットハーバーである。

この芦屋・県立海洋体育館は、阪神電車「芦屋駅」からタクシーで10分ほどにある場所で、とても静かなロケーションも素晴らしいところである。もちろんモナコのコートダジュールの方が美しいが、、、。しかし、最高に愉しい1日でだった。芦屋マリーナでレンタルしたヨットは、私がいつも乗っている福岡市西区にある小戸ヨットハーバーにある同型のヤマハのシカーラ。いつも乗り慣れてる安定感抜群の相棒である。

そして、この日は地元の兵庫だけでなく、姫路、京都、大阪から「ヨットに乗る」だけのために、集まってきた。私も福岡から行った。みんな愉しみにしてきてくれたんだな~というのが伝わってきて、そして、実際に乗ったときの気持ちよさそうなリアクションを見ても、「ああ、芦屋に来てよかった!」と強く思った。今日は、ただの練習会ではない、歴史を作る日にするのである。

セーリング中に思う「俺は一体何者なんだ?」

全国から集まった仲間といろんな組み合わせでディンギーヨットに乗って、いろいろな話をした。メンバーは、ボクシング世界チャンピオン、ボディービルダー、自動車整備、不動産仲介、八百屋卸、フレッシュジュース経営、保険営業、サラリーマンなど、多種多彩である。こんなメンバーと話をしてると面白い。ここにいる全員が、今まで別々の人生を歩んできて、いろいろな失敗を乗り越えながら、今、ここにいる。そしてヨットに乗っているのである。

なんか、これだけでも面白い話ではないだろうか?

私もwebマーケターのコンサルタントという仕事しながら、しょっちゅうディンギーヨットやクルーザでセーリングしているし、テナーサックスでオーケストラにも所属している。でも思ったのが、そんなことはどうでもいい!ということであった。そもそも仕事とプライベートを切り分けて考えるから可笑しな話になるのであって、自分の人生と考えれば普通の当たり前の事なのである。もっともっと遊んだ方が絶対に人生はよりよくなるし、愉しい。

共通するのは、ここ一〜二年でいつの間にか「世界で戦う男」に変わっていたということだ。世界の海峡を渡っているし(沖縄・カタリーナ海峡・クック海峡)、テナーサックスとしてオーケストラの一員として、モナコ公国のHôtel Hermitage Monte-Carloで公演したりと。自分で世界で戦う男に変わったという言い方が正解であろう。そういう選択をしてきた一〜二年であった。昔は考えられなかった。日本で十分じゃないかと思っていた男だが、今は「そんな小さな男でどうする?世界に出ようぜ!」と思っているのだ。

人間は変わる生き物である。しかし、世界に出るようになった自分自身、この思考の変化からくる生き方の大変換に満足しているわけではない。もっともっと人生を愉しまなければならないという危機感が常にある。ヨットに乗りはじめて思うのは、人生を大きく動かすには、風を吹かせなければならないということである。風に乗ることも、風を掴むことも、とても重要だが、自分が風を吹かせられる人間になるということが、とても重要である。

どれだけ人生にもヨットにも風を吹かせられる人間になれるか?どれは、これからどれだけ冒険するかにかかっている。仕事ばかりしていても、モナコなどの社交の世界では何の話もできない。「プロトコール(国際教養)」を学び、“愉しむ”思考を手に入れ、どれだけ遊んできたか?が勝負だからである。

ヨットは風があるから進むのであって、無風だと動かない!

話を戻して、海の状況は、午前中は、暑い日差しで風はなく(1~2m/sくらい)、ゆったりと進む気持ち良いセーリング。午後からは、さらに風が強くなり(7~8m/sくらい)、油断すると沈するくらいのセーリングとなった。芦屋マリーナの特徴として、午後から風が強くなるというのがある気がする。

参加した全員にティラーを渡して操船してもらったが、その人によって操船のやり方が全く違っていた。大胆なティーラー操作で果敢に攻める人、緊張ガチガチで体が動かない人、まっすぐ進もうとしているのに船体が回ってしまう人など。参加者の全員が、ヨット操船を愉しんでいた。一緒に乗っていたら、今までの生き方が如実に現れる。面白いのだ。

環境によって見せる世界が違う!!

時間が短いので遠くまでは行けなかったが、まわりで練習している学生たちや社会人の人たちも、ずっとハーバーの近くでくるくるとタッキングの練習などをしている。毎日毎日、芦屋マリーナの内海をクルクル回って、練習している彼らは、確かに技術は上手い!それを見て、「ああ、この人たちはもしかしたらずーっと、ここで(遠くまで行かずに)練習をしているのだろうか。それで、たまにレースに出てタイムを競うのか」と思うと、私はもっと愉しくヨットをやりたいと思うのである。競技以上にもっと愉しみたいと考えるからである。

それに対して、今回参加した仲間は、本当にヨットに乗船するのを心待ちにしていて、最高の笑顔でヨットの操船をしていた。みんなヨットを降りるときに「また次、チャレンジします!」と笑顔で言うのだ。同じヨットに乗っているのに、全く違う人生を歩んでいる。人生にヨットが加わり、ヨットで人生を変えてやろう!と思う仲間が増えたということが、とても嬉しい。

ヨットを通して、新しい人生の選択肢を増やすことができたのは、とても良かったと思う。そして、仲間の心に火が付いたということが何よりも嬉しいのである。火が付けば人間は行動するのである。火が灯り続けている限りは行動し続けるので、最終的には成功するのである。難しいことはないのである。成功しない理由は、行動の質と量が足りないのである。質を高めるには、最初は量をこなすということがいいと私は考えている。

そして、全国からこの芦屋マリーナに集まったメンバーは、この湾内で収まるような人たちではない。世界の海峡に挑む人間である。ここから数ヶ月後に「ドーバー海峡をヨットで横断した!」なんて声が普通に上がるから面白いのである。

ディンギーヨットのある人生は彩り豊か

今回のヨット練習会、事故なく無事に終わった。事故なきことがもっとも重要である。最初は、私が全部をスキッパー役もクルー役も両方とも操船していたが、最後はみんなクルーができるようになり、スキッパーとしてもティラー操作を完全に任せられる状態になった。

ヨットは思考がそのまま現れる!

今回も10名の初心者の仲間と一緒にヨットに乗った訳ですが、いろんな人生を歩んできた人ばかりである。ヨットに乗ればその人の思考が全て現れるのである。ある人は、決められたルールの中では、とても強い力を発揮することができるが、ヨットに乗ればハプニングの連続でもあるし、瞬時瞬時に状況が変わる訳です。この日は、10艇以上の学生の練習ディンギーもいたし、ジェットスキーも3台出ていましたので、前後左右から息つく暇もなくヨットやジェットスキーが迫ってくる状況であった。

ぶつかるかもしれない!というある一瞬に、自分で判断できずに思考停止して私に判断を委ねる場面が何度かあった。人生でも急な判断を迫られることは何度も起きいる。そういう痺れる判断を迫られる場面を積極的に取りにいこう。それは、普段の日常生活からできること。

ヨットはチームプレイ!どれだけ仲間を信じられるか!!

一人では見れない景色を一緒に見よう!常に自分という個人を磨くことは当たり前のことだが、ヨットはチームプレーである。どういう自分であれば、この場の勝ちを最大化することができるのか?今、どういう存在であればいいのか?多くのメンバーに足りてないのは、チームプレイで周りを巻き込んでいくこと。まさに「一人では見れない景色を一緒に見よう!」なのである。もっともっと人生を愉しむということが、絶対に必要なのだ。

ヨットはチームプレイである。ある意味、人生と同じだと思うのである。私は、いつも人生に例えて話をするが、ヨットを上手く乗る人は、人生においても全てを愉しめる人間に思う。人生を愉しむためにヨットに乗るのであるが、面倒が嫌だという人は、人生愉しめない。笑

ヨットは、人生には絶対的に必要ではないものである。なくても困らない。が、ないと面白くない。必要ではないが、あった方が絶対に面白い。そんな遊びを兵庫県の芦屋まで時間とお金を使ってやって来て、”わざわざ”やるのが愉しいのである。

あと、どうすれば関西メンバーだけでヨット練習会を任せてもらえるか?という質問に対して、「落水した仲間を助けられるかどうか?」と答えましたが、これには続きがある。「落ちたその場で助けられるか?」ということだけではなく、練習会を行う前から、参加メンバーの乗船組み合わせや、その日の気候、航路、周りの環境など、全てを考え、もっとも沈する確率が低く安全に行えるように準備している。もしも、、、ということを絶対に起こさないように準備しているのだ。「落水した仲間を助けられるかどうか?」というのは、こういう意味でもある。

冒険と無謀を間違って認識している人がいるが、ヨットは乗るだけでは成立しない。安全の上に成り立っている。もちろん海の上なので、100%大丈夫ということはありえないが、冒険とはそういうものである。準備もなしに死ぬかもしれないという中に突っ込んでいくは冒険とはいわない。南極に裸で行くのは無謀である。それが無謀というものである。そこをしっかりと設計準備することが、冒険の愉しみの一つである。仲間と創り上げていくのが愉しいのである。この芦屋ヨット練習会も設計と準備が整っていなければ、開催していないのである。

ヨットは人生を愉しむための縮図である

この風景、美しい。この美しい写真は、自分の頑張りがなかったら完成しないのである。みんなで練習終わった後に、キレイに片付け、海を見ながら夕焼けを浴びる。今日を頑張ったものへのご褒美である。今日という日を頑張ったものは、この日を一生忘れないであろう。歴史を作るということは、そういう日々の積み上げである。こんな美しい素敵な日々を積み上げていくことが、最高の人生を作っていくのである。

ヨットには色々な楽しみ方がある。僕らは、ヨット競技で世界を目指そうとは思ってない。僕らは、ヨットで愉しみたいのである。世界の美しい景色を仲間と一緒に見たいのだ。

この景色を見ていると、人生にヨットは欠かせないと思うのである。ヨットに乗るだけでなく、終わった後に、仲間と語るその時間がどれだけ人生を彩り豊かな時間になると思うだろうか?僕らは、この後ボルドーのワインを飲みながら、シガーの愉しむのだ。その紫煙の先に見る未来を語り合うのである。生きててよかった。そして未来に向けて生きるという欲望を駆り立てる、とても豊かな時間なのだ。

こういう美しい景色と彩豊な時間を人生を一緒に作り上げられる仲間を作るということが、人生においてどれほど大切なことか。この写真を見るたびにそう思うのである。もともと一匹狼だった私はそう思うのである。一人では大きなことはできないのである。一人の力なんて小さなものである。志を共有できる仲間と創り上げる未来は、どれほど素晴らしいものができるか。そんな期待を毎秒しながら、今日も仲間と美しい景色を作っていくのである。

あなたも一緒に美しい景色を創っていかないか?

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