マーケティングで市場を制するには下剋上が必要だ

写真は、モナコ公室が主催する『薔薇の舞踏会』の会場である。見事なまでに美しいテーブルコーディネート。さすがシャネル(CHANEL)のデザイナー「カール・ラガー・フェルド」のプロデュース。最高に素敵な空間を見て過ごす、世界を冒険するマーケター山下裕司である。

下剋上するには、あなたが変わる必要がある

私はマーケターである。一年の半分は、マーケターのお仕事をし、残りの半分は海外へ冒険へ行ったり、冒険の準備をしている。そういう生活の中で、最近いろんな人と絡んで、お仕事をさせていただいている。大手企業でチームを組んで取り組んだり、中小企業や個人事業主であったりと、いろんなパターンの仕事がある。

いろんなパターンの仕事があるため、スタッフを雇う場合もあるし、外注という形で委任する場合もあるし、共同パートナーとして同じ責任を負う場合もあります。国内海外問わず、携わる会社がかなり増えてきたこともあり、若いスタッフと一緒に時間を費やすことが増えてきました。

その中で、ある面白い事実を発見した。

それは、同じような状況からスタートしても、素直にぐーんと伸びていく人とイマイチ伸び悩む人に分かれていくということである。私は、「伸びる人と伸びない人の違いはどこから生まれてくるのか?」ということをずっと考えてきた。しかも、会社をつくったり経営したりする仕事をしているため、かなり真剣に考えてきた。

  • 素直であるかどうか?
  • 元々の能力の高さはどうか?
  • モチベーションが高いかどうか?

など、様々な要因があると思う。が、、、伸びる人と伸びない人を決定的に分けるのは、どうも他に要因があることに気が付いたのである。私が思うに、伸びる人と伸びない人を分ける、もっとも大きな要因は「当人が設定している基準」にある。

まあ、当たり前の話である。

自分が設定している基準が高ければ、貪欲にどんどん上を目指していく。だから、自分の業務以外の事も積極的に勉強し、こなしていくのである。基準が低い人は、今やっていることで精一杯であると自分自身で勝手に思いたがるのだ。元来、人間にはそれほど能力差はないので、誰かがやれていることは自分にもやれるはず。すごく分かりやすく端的に言えば、、、

  • 新しい仕事を振った時に、嫌な顔をする人は、基準が低い人。
  • 新しい仕事を振った時に、チャンスだと思う人は、基準が高い人。

基準が高い人と、低い人の違い

基準が高い人と基準が低い人という、わかりやすくするためだが、こんなにもレベルの低い話方をしなければならないことを許してほしい。レベルの高いあなたにこんな話をする必要な無いのかもしれないが、まずは聞いてほしい。

『基準が高い人』は、、、仮に現状が手一杯で新しい仕事を受けられない時も、実に基準の高い断り方をする。基準が高いスタッフは、基準の高さと現実の能力がアンバランスなので、実際にはとても、たくさんの失敗をするのである。しかし、それでも失敗をバネに成長してくれるため、どんどん失敗させてあげようという気になるものである。

『基準の低い人』は、、、今あることを大変だと思いたがるので、どんどん自分で基準を下げていくことになり、仕事の質が向上するどころか、下がっていく傾向にある。しかも基準が低い人ほど、ムダに落ち込むため、連絡が取れないなど非常に困ることになるのだ。

そもそも基準とは、一体何であろうか?

基準とは、物事を比較・判断するよりどころとなる一定の標準。(大辞林 第三版)

なるほど。基準とは、物事を判断する一定の標準ということである。ただ、どこが基準になるか?というラインが非常に問題になってくる。このブログを読んでくれている人は、どこまでも基準高く生きたいと考えている人であろう。

基準は、おそらくセルフイメージから生まれる。まず、セルフイメージとは、自分について抱いているイメージのことである。(大辞林 第三版)つまり、セルフイメージの高い人は、基準を自動的に高く設定するし、セルフイメージの低い人は、自動的に基準を低く設定する。ただ、基準の設定の優れた点は、誰でもすぐに新しい基準を設定することができること。

セルフイメージは、正直一朝一夕に変わるのは、難しいと思う。なぜなら今まで過ごしてきた日々の積み重ねがセルフイメージの源泉であるからだ。だから、急に「セルフイメージを高くしろ!」なんて言われても、なかなか難しいし、逆にセルフイメージを高くしなければならないということは、いま現在セルフイメージが低いということの裏返しであり、その事実で余計息苦しくなったりするのである。

しかし、いろんな感情を引っ付けて物事を考える人が多すぎるのである。今目の前で起きている事実と感情を何ら因果関係はないのである。セルフイメージのことを話す前に、事実は事実であり、そこに感情は関係ない。今の感情に引きづられすぎている人が多いので気をつけよう。

基準は自分で高く設定できるのか?

基準というものは、自分で上げていくのである。こんな葉巻を燻らせる写真を出して何をやっているのか?ただのナルシストという訳ではない。男としてのカッコよさを挑戦している姿を魅せ続けているのである。この写真を見て、カッコイイと思う人もいれば、あなたのように「何だコイツ?」と思う人もいる。どう思うかは相手次第だ。だが、この写真を見て勇気付けられる人がいるのも事実である。私は、それらの人たちに、男としてカッコよく生きることに挑戦する姿を魅せ続けるのである。誰から頼まれた訳ではない。自分で勝手にやっている。それが私の使命なのだ。

そして、基準は誰でもすぐにより高く設定することできる。

  • 今まで、2つしかできなかった難しい作業を3つできるようにしよう。
  • 発送する商品の梱包をさらに丁寧にしよう。
  • 30分かかっていた仕事を15分で終わらせよう。

基準はすぐに変えることができる。そして、基準高く生きていれば、その分セルフイメージが高くなるのである。自分に甘えず、自分を律して、自分のためではなく、なにより他人のために基準高く毎日を過ごすのだ。自分のために頑張っても、最後の踏ん張りなんて一切効かないのである。誰かのために頑張るから、その誰かも心動かされる訳である。自分の頑張りが誰かのエネルギーになるなんて、美しくないだろうか?最終的には伸びる人と伸び悩む人の違いは、ここにあるのだと確信している。

だからこそ、一緒にいる仲間の存在が非常に重要である。その一緒にいる仲間の基準によって、あなたの基準も変わる。それはよく聞く話だろう。しかし、その基準の高さを決めるのは、どれだけのことをやろうか?という『志』の大きさでしかない。その志の大きさで、人生の基準も変わってくる。起業家なら世の中に価値を提供して儲けたい。それは誰でも思うことだが、その基準をどこまで上げていけるかで売上や事業規模が変わってくる。

そして、その基準は自分が居心地の悪いところでしか手に入らないのである。決して居心地の良い場所では、大きな志も手に入れることはできないし、高い基準で生きることもできないのである。自分が絶望を感じるくらいの居心地の悪いところで、自分を律しながら生きていくことでしか手に入れられないのだ。

どうやって基準を上げるのか?

ちなみに私は、基準を上げ続ける為に冒険に出る。2018年も海外四カ国(アメリカ・ニュージーランド・フランス・イタリア)に冒険へ出た。もちろん国内もだ。例えば、ディンギーヨットで、米国ロサンゼルスのカタリーナ海峡やニュージーランドのクック海峡など横断したり。オーケストラの一員としてテナーサックスで、サントリーホールやグランドハイアット東京、モナコ公国のオテル・エルミタージュなどで演奏などを行った。

あなたは今まで「自分の好きなこと、得意なことだけが必要十分なほどあなたの人生を豊かにしているわけではない」ことに気づかなければならないのだ。ヨットに乗り始めたのも、サックスを触ったのも1年ほど前からである。全くの初心者だからこそ挑戦し自分の幅を広げ続けることが基準を上げることに繋がるのである。

今、あなたのこの5年間の活動を振り返ってみてほしい。今までやったこともない何か全く新しい分野に、ゼロから挑戦したであろうか?似たような分野ではない。全く新しい分野にである。必死に習得するために、今まで使ってなかった部位の脳みそをフル稼働させ、小さな子が自転車の補助輪を外すために、がむしゃらに愉しみながら挑戦したことはあっただろうか?

胸を張って「ある!」といえる人生を送っているのであれば、それは素晴らしい人生を生きているといえる。間違いなく人生の基準をどんどん上げている。もし「ない、、、。」という人生を生きているのであれば、今、変えなければならない。そのままの人生を歩んでも、あなたの基準は上がることはないのだ。

どっちを選ばいいか、一目瞭然である。しかし、人間は動けない生き物でもあるのだ。自分を律してより困難な方へ行くしか無いのである。平坦な道と茨の道があれば、喜んで茨の道へ進むのである。それを愉しめる人間になるのである。

さあ人生を愉しもう!

あなたのビジネスや人生で下剋上するためには、もう無理矢理に基準を上げるしかない。そのためには、今までやったことないことに挑戦するべきなのだ。薔薇の写真を上げたが、5年前までの私の人生に、薔薇の花束はなかった。全く関係のないものだと思っていたのである。薔薇の花束を女性に渡すことがあるとすれば、プロポーズの時くらいしか無いと思っていた。が、人生は変えられるものである。薔薇の花束をプレゼントすることは普通の人生を歩んでいるし、薔薇の花束を女性に渡す姿が世界で一番似合う男に挑戦し続けている。

自分の枠を広げなくては、セルフイメージや基準は上がることはない。自分の人生をより豊かにしたければ、自分の苦手なことや得意でないことをやって、もっともっと自分の器を広げるのである。それ以外に、自分の枠を広げる方法はないのである。自分の得意なことを頑張り続けても、今の結果しか出ないのである。ブレイクスルーを起こすには、得意じゃないことを頑張るしかないのである。

あなたの人生に何か新しいものが加わるとしたら、それはとても素晴らしいことではないだろうか?あなたの人生が彩豊になるのである。日本には春夏秋冬という四季があり、四季折々の美しさや表情を魅せてくれる。それは自然が織りなすものだけではない。あなたの周りの仲間もあなたの四季を感じたいのである。あなたも変化あるモノの方が面白くないであろうか?昼間の動物園の中にいる昼寝ばかりのライオンより、アフリカのサバンナで生死をかけた狩りをしている真剣に生きているライオンを見たくないであろうか?

人間はグーだらな生き物である。気を許すとすぐに楽な方に生きようとするのである。今までの延長線で決まったルーチンを始めようとするのである。楽だから。しかし一方で、人間はすぐに飽きるものである。あなたを見ている側からすれば、変化のないあなたは全く面白くないのである。変化がなければ興味もすぐに無くなるのである。いや〜残酷な話だ。しかしこれが現実なのである。

もしも、、、あなたが得意な仕事ではなく、モナコ公室主催の『薔薇の舞踏会』にモナコ公国の大公アルベール2世とご一緒にテーブルするとしたら、どうだろうか?人生の基準は一気に上がりませんか?人生そのものが変わるが。笑

とにかく下剋上するためには、勇気を持って、今いる場所から目一杯足を広げて大きな一歩を踏み出すしかないのである。

「怖い!大変!!やること一気に増える!!!分からないことだらけ!!!!」

そうなるだろう。だからこそ、一気に人生の基準が上がるのである。これをやり続ける人生と、自分のコンフォートゾーンの中でぬくぬく生き続ける人生。どうだろう?全く違ったものになると思わないだろうか?あなたが下剋上したいと思うのなら、今、今まで”やったことのないことをやる”人生を歩んでいこうではないか。それがあなたの人生の奥行きと幅を無理やり広げることになり、周りの人に四季折々の彩豊な人生を楽しんでもらえることになるのである。

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